SPECIAL〈第1回〉「働くはどこに向かうのか」楠木建氏に聞く
公開日:2021年1月15日

BPO Práctica SPECIAL〈第1回〉「働くはどこに向かうのか」楠木建氏に聞く

はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大は、「働く」ことに大きな変化をもたらしています。

これまでは企業に就職すれば、電車などで決まった時間にオフィスに通勤していました。内勤であれば自席や会議室で、外勤であれば客先に営業に行くなどして1日を過ごす。夜には同僚や先輩、もしくは接待で取引先と会食をして、終電に近い電車で帰宅する。月曜から金曜まで繰り返していた一連の行動は、「働く」と同時に「勤める」ことでした。

しかし、「働く」と「勤める」は、イコールではなくなりつつあります。新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、リモートワークが一気に広がりました。デジタル化の流れが加速する中で、通勤や対面、オフィスなど、これまで当たり前だったものが当たり前ではなくなり、組織のあり方も変わりつつあります。

BPO Prácticaでは、ビジネスパーソンとして「働く」ことが、「ウィズコロナ」「アフターコロナ」とも言われるこれからの時代に、どのように変わっていくのかを有識者と共に考えます。第1回のゲストは、一橋大学大学院経営管理研究科(一橋ビジネススクール)教授の楠木建氏。競争戦略が専門の楠木氏に、企業の経営者、リーダー、新入社員のそれぞれの層に求められることと、企業が持つべき戦略について聞きました。

楠木建
楠木 建

一橋ビジネススクール教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目は Strategy。

一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010 年から現職。1964 年東京都目黒区生まれ。

著書として『逆・タイムマシン経営論』(2020・日経 BP・杉浦泰との共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019・宝島社・山口周との共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019・晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019・文藝春秋)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010・東洋経済新報社)などがある。

1. 優れた経営者は悩まない

優れた経営者は悩まない

——新型コロナウイルスの感染拡大が収まらないまま、2021年を迎えました。企業の経営者は、今後の方針について悩まれているのではないでしょうか。

私はコロナがあってもなくても、優れた経営者は悩まないものだと思っています。経営という仕事は本来、悩んでいる時間はありません。悩んでいる経営者がいるとすれば、その人はコロナがあってもなくても常に悩んでいるのではないでしょうか。

経営は、長期利益を獲得することが最終的な目的のはずです。ESGやSDGsは「よいこと」に決まっていますが、それ以前に、たくさん稼いで納税することが経営者としての重要な社会貢献でしょう。雇用を生み出して給料を払い、お客さんに価値を提供する。その証明が長期の利益につながります。

この原理原則は、どんな環境においても揺るがないはずです。どうすれば長期利益を実現できるのかを考えればいいだけ。非常にシンプルです。政治のような多元的な世界と比較して、このシンプルさが商売の最大の美点と言えます。

——どんな環境においても揺るがず、かつ、利益を出すために必要なことはどんなことでしょうか。

企業間の競争があるので、どのようにして独自の価値を作っていくのかを考えなければいけません。そのためには、私は独自の戦略ストーリーを明確に持つべきだと考えています。戦略があれば悩むことはあまりないでしょう。それが結果において成功するかどうかは別にして、とにかく戦略ストーリーを持つことが先決です。

戦略ストーリーは、自分の商売の存在理由です。本田技研工業の偉大な経営者だった本田宗一郎さんは、ある事業について社内で取り組むべきかどうかの議論があったときに、「それはトヨタにやってもらった方がいいんじゃないか」と言ったそうです。

つまり、ホンダにしかできないことをやることで、トヨタとの違いを作る。そこに存在理由があります。何のために自分の会社があるのかを突き詰めれば、やらなければならないことは次々と出てくるでしょう。だから経営者は悩んでいる場合ではないということですね。

2. IT技術の導入はビジネスの文脈の中で考える

IT技術の導入はビジネスの文脈の中で考える

——楠木教授は著書『逆タイムマシン経営論』の中で、1990年代の「ERP(総合基幹業務システム)」ブームや、最近のAI(人工知能)、DX(デジタルトランスフォーメーション)など、IT分野における流行り言葉を「飛び道具」と表現されています。こうした言葉に振り回されることに警鐘を慣らしていますが、経営者はあたらしい技術とどのように向き合うべきなのでしょうか。

いつの時代にも飛び道具的なものは喧伝されています。現在の飛び道具界の無差別級のチャンピオンはDXですね(笑)。飛び道具との向き合い方には、2つのレイヤーがあると思っています。

一つは、誰にでもできて生産性が上がるものについては、単に導入すればいいだけです。ハンコをなくすことは小学生にでもできます。ペーパーレスは自動車を作ることに比べれば、100倍以上簡単ですよね。今のテクノロジーは誰でも直感的に扱えることを目的に開発されていて、その中でも競争によって磨かれたものが提供されています。一番よい方法を導入すればいいだけです。

もう一つは戦略のレイヤーです。単なる生産性向上のためだけではなく、顧客に新たな価値を提供するためにデジタル化するかどうかを考えるのは、戦略の問題です。常に個別解であり、特殊解と言ってよいでしょう。

——この個別解は、どのように導き出せばいいのでしょうか。

よいことと悪いことの選択であれば、よいことを選びますよね。しかし、戦略は本質的によいこととよいことの間を選択することなので、どちらの理を取るのかが問われます。これは経営判断です。

コロナ禍のような不確実性が高い状況になると「判断が難しい」という人がいます。しかし、難しい判断をするのが経営者の役割です。難しくなるのは、どれが正しいのかと考えるからでしょう。正しいかどうかではなく、どちらをとって、どちらを捨てるのかという戦略と意思決定が重要です。

自分の商売に固有の勝ち筋、つまり、儲けるための戦略を文脈の中に位置づけることで、DXもあたらしいビジネスモデルも全部意味を持つようになります。これを私は「文脈思考」と言っています。ここが経営者の力量が問われるところだと思います。

3. 稼ぐ力は現場のリーダーで左右される

——続いて職場のリーダーについて伺いたいと思います。リーダーに求められているのはどのようなことでしょうか。

大きな会社だと、商売の塊のようなものが社内にたくさんあります。この商売の塊を率いて、成果を出していくのがリーダーです。だから、稼ぐ力はリーダーで大きく左右されます。代表取締役は会社にひとりいればいいのですが、事業のリーダーはもっと数多くいる必要があります。商売を回して稼ぐことができる事業リーダーの層の厚さはその会社の競争力を大きく左右します。

売上とコストの差分が利益ですから、成果を出すにはコストが下がるか、売上が増えるかしかありません。いろいろな持ち場で売上を上げるのか、コストを落とすのか、もしくはその両方が必要なのかどうかを意識しながら成果を出せる人が、優れたリーダーと言えるのではないでしょうか。

——コロナ禍でリモートワークが進んだことで、リーダーがチームを率いることの難しさも出てきているのではないでしょうか。

チームがまとまらないと成果は出ませんが、チームを束ねるとか、管理をするのはあくまで手段です。管理職の仕事は管理することではなく、成果を出すことです。

AIがブームになったときに、盛んに議論されたのは「人の手がいらなくなる」といった、「A」のことばかりでした。AIは人工知能、Artificial Intelligenceの略で、主語は「I」の知能であり、「A」はあくまで形容詞です。AIをどう使うかを議論するときには、知能が何を意味するのかを考えなければ前に進みません。

同じことがリモートワークにも言えます。週に何日職場に出勤するとか、オンライン会議にZoomを使うのかどうかなど、リモートの話ばかりしがちですが、大事なのはワークの中身です。

——リモートワークになったからこそ、自社の業務を見つめ直すということでしょうか。

今までの思い込みを横に置いて、自社の業務について改めて考えることで、大事なことが見えてきます。例えば、リモートワークの消防士は嫌ですよね。家にいては火を消せません。リモートワークの警察官も困ります。泥棒を見つけて交番に駆け込んだのに警察官がいなくて、モニターでチャットしましょうとやりとりしていたら、泥棒は逃げてしまいます。

何でもリモートワークになる訳ではありません。リモートでは成立しない仕事は必ずあります。リーダーはリモートワークを推進するかどうかではなく、成果を出すためにどのような仕事に注力するのかを考えるべきでしょう。今は業務を見直す大きなチャンスだと思います。

4. 若者は「絶対悲観主義」を持て

——新卒の社員や、これから社会人になる若い人は、「働く」ことについてどのように考えればいいのでしょうか。

学校を卒業したら必ず就職して、その会社でずっと勤めあげることが、戦後のある時代には確立していました。けれども、今はすべて個人の選択、スタイルの問題です。ユニクロが好きかZARAが好きかという話と同じで、どっちがいい悪いではなく、自分の好き嫌いで選べる時代。これは素晴らしいことだと思います。だから、好きなようにしてくださいというのが私の持論です。

——とはいえ、コロナ禍で先行きが不透明な中で、どのような進路に進めばいいのか、悩んでいる若い人も多いと思います

私もかつては若者だったので(笑)、気持ちはよくわかります。「絶対に間違いがあったら嫌だ」「うまく行かなきゃ嫌だ」という前提で考えているのがそもそもの間違い。それは私から言わせると欲が深く、虫のいい話です。いろいろな人がそれぞれに利害を抱える中で、自分の思い通りにいく訳がありません。

「絶対に成功したい」「ひどい目に遭いたくない」と考えている人に対して申し上げたいのは、「絶対悲観主義」に立つことですね。私は仕事というものはそもそも絶対に思い通りにはならないと思っています。

絶対悲観主義で世の中を見ると最高ですよ。思い通りにいかなくても、はじめからそんなものだと思っていれば、全然嫌な気持ちになりません。期待値が低いので、少しいいことがあっただけで、幸せな気持ちになります。実際に大人は、いろいろな問題や事情を抱えながらも平然と暮らしているものです。

——絶対悲観主義に立つことで、「働く」ことへのメリットには、どのようなことが考えられますか。

「挑戦する」と言っている人に限って、「うまくやろう」と思っている。だから無用な力が入って空回りする。絶対悲観主義の立場なら、うまくやろうと思っていないので、何でも気軽にトライできます。失敗はデフォルトです。「やっぱりうまくいかなかったな」と言ってニヤリとするところに、生活の味わいがあります

もちろん、絶対悲観主義に立ちながらも、うまくいくことがあります。すると、もう1回、さらにもう1回とうまくいくケースがあります。この成功には、その人の本当の能力や才能が現れていると思います。

うまくやろうと思ってうまくいくと、単に運がよかっただけなのに、自分の才能と勘違いしてしまいます。年齢が若い人の方が、自分に都合よく考える傾向があるのではないでしょうか。悲観を突き破って出てくるのが本当の能力です。

——絶対悲観主義の効果は、若い人だけでなく、経営者、リーダーにも当てはまりますね。

仕事とは何かという原点を考えることにつながると思います。仕事は「趣味ではないもの」というのが私の理解です。趣味は100%自分を向いている活動で、自分が楽しければそれでいい。でも、仕事は自分以外の誰かの役に立ってはじめて仕事と言えます。ここが決定的な違いです。若い人が仕事を始めるにあたっては、仕事とはそもそも何なのかを考えてほしいですね。

5. 働き方への評価が経営規律を生む

IT技術の導入はビジネスの文脈の中で考える

——コロナによる変化と合わせて、働き方改革も進んでいます。働き方の変化をどのように見ていますか。

企業が評価される場所は3つしかないと思います。まず競争市場です。競争相手がいる中で、お客さんに独自の価値をどうすれば提供できるのかということですね。2番目は資本市場です。投資家や株主に評価されなければ、資本はまわってきません。

3番目が労働市場です。企業は働き手からも常に評価されています。よい働き方を社員に提供できていないと、社員は辞めていなくなるでしょう。働き方改革と言われているものが労働市場からのプレッシャーとなって、経営規律として機能しはじめているのだと思います。これは非常によいことです。

——ブラック企業のようなところは、淘汰されていくと。

私はブラック、ホワイトという分類が大嫌いです。労働基準法違反や、上司が部下を殴るとか、有給を取らせないといった行為はただの犯罪なので、ブラックとは言わずに犯罪と言えばいい。明確なルール違反ですからアウトです。評価する意味もありません。今の時代は労働の流動性もある程度出てきているので、間違った働き方では人が離れます。

一方で、働き方を改革する際にも戦略が必要です。商社にとってのよい働き方と、レストランにとってのよい働き方は、全く違いますよね。経営者には良し悪しと好き嫌いの2つのレイヤーをわけて、戦略レベルで働き方を考えることが求められています。

——コロナ禍だからこそ、働き方に戦略が必要になるということでしょうか。

コロナは天気みたいなものです。雨が降るときはみんなに降ります。どこかの1軒だけに土砂降りになっているのであれば嘆きたい気持ちもわかりますが、みんなに降っているので、しようがないですよね。パンデミックは必ず起こり得ることで、これからも起きる可能性は十分あります。

大事なことは、何をコントロールできて、何をコントロールできないのかを、自分の頭の中できちんと線引きすることです。多くの間違いはコントロールできないものを無理矢理コントロールするところから始まります。何をやって、何をやらないかを考えることですね。

——当サイトBPO Prácticaでは、業務の一部を外部の事業者に委ねるBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を、企業がどのように活用すべきかについて考えています。経営の戦略や社員の働き方を考えるときに、BPOの活用はどのように捉えればいいのでしょうか。

何をアウトソーシングして、何をアウトソーシングしないのかは、戦略のレイヤーで考えることです。BPOでやるのか自前でやるのかは、非常に戦略的な判断です。解答は個別にあるので、正解はあリません。ただし、選択肢が多いということは経営にとって常にプラスです。昔と違ってBPOという選択肢がある訳ですから、より効率的であるならば、BPOを選択すればいいのではないでしょうか。

一番根幹にあるのは、資源の制約です。資源の制約がなければ全部自分たちで、全力でやればいいだけです。でも、それはあり得ません。結局、何かをやるということは、何かをやらないことでもあります。

日本の人手不足はこれからも続きます。人手不足とは、人が必要なところに、人という資源が配分されていない問題です。解消するためには、社員には働きに見合った給料を出して、働き方をよくする方法があります。BPOなどを選択する方法もあるでしょう。社員の働き方を見直して、よりよい経営にしようという経営者のモチベーションは、これからさらに高まってくるのではないでしょうか。

BPO Prácticaでは、お困りの問題を解決するBPOコンテンツを多数展開しております。