SPECIAL〈第2回〉「これからのキャリア形成とは」高橋俊介氏に聞く
公開日:2021年2月25日

BPO Práctica SPECIAL〈第2回〉「これからのキャリア形成とは」高橋俊介氏に聞く

はじめに

日本の企業では、かつて「勤める」と「働く」は同義語でした。

2021年の現在では、新型コロナウイルス感染症の影響で、業務の大半をリモートワークに切り替える企業が増えています。従来のビジネスモデルが通用しなくなり、業務内容の転換を急いでいる企業も多いでしょう。

しかし、「この変化は今に始まったことではない」と指摘するのが、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授の高橋俊介氏。キャリア開発を研究し、人事組織コンサルタントの経験が豊富な高橋氏は、2000年に出版した『キャリアショック』(東洋経済新報社)で、予期しない環境変化などでキャリアが崩壊する状況を危惧し、あたらしいキャリアの切り拓き方を提示しました。

それから約20年が経った今、キャリア崩壊の危機は多くの業種に広がり、経営者、現場のリーダー、これから働く若い世代のいずれも、キャリアについて考え方の変化が求められています。

BPO Práctica SPECIAL 第2回目となる今回は、これからの時代のキャリア形成について高橋氏に語っていただきます。

高橋俊介
高橋 俊介

1954年東京都生まれ。

1984年米国プリンストン大学工学部修士課程を終了し、マッキンゼーアンドカンパニ-東京事務所に入社。

1989年に世界有数の人事組織コンサルティング会社である米国のワイアットカンパニーの日本法人ワイアット株式会社(現ウイリスタワーズワトソン)に入社。1993年に同社代表取締役社長に就任。

2000年5月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任。個人事務所による活動に加えて、藤沢キャンパスのキャリアリソースラボラトリーを拠点とした個人主導のキャリア開発や組織の人材育成についての研究に従事。

2011年11月から、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。

主な著書として『自由と自己責任のマネジメント』(ダイヤモンド社)知的資本のマネジメント (ダイヤモンド社)、『キャリアショック』(東洋経済新報社)、『組織改革』(東洋経済新報社)、『組織マネジメントのプロフェッショナル』(ダイヤモンド社)、『自分らしいキャリアの作り方(PHP新書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)など多数。

1. 日本が成功した「タテ社会」「安心社会」モデルの崩壊

日本が成功した「タテ社会」「安心社会」モデルの崩壊

——「働く」という視点で考えたときに、今の日本の状況をどのように見ていますか。

『キャリアショック』を出版したとき、ビジネスの環境変化によるキャリア崩壊は、総合電機メーカーなどまだ一部の業界で起きたことでした。それが、今では他の業界にも広がっています。

日本人の働き方を考える際に、前提として知っておいてほしい概念があります。一つは社会人類学者の中根千枝さんが50年以上も前に指摘した「タテ社会」と「ヨコ社会」。もう一つは、社会心理学者の山岸俊男さんが日本の文化を論じる際に使った、「安心社会」と「信頼社会」です。

日本人はこれまで、会社のような単一の社会、つまりタテ社会に所属して、長期雇用が守られた安心社会の中で働いてきました。これに対して、欧米の多くの国は、ヨコのつながりを重視して、安心社会から外のつながりを構築する信頼社会に変容する過程で、経済発展を果たしています。実は日本は、タテ社会と安心社会という内向きのシステムで経済発展をした、世界でも特異な国です。

——なぜそのシステムで、日本は経済発展できたのでしょうか。

戦後の日本では、一つの企業にずっと勤めて、内向きに協力して、みんなが少しずつよくなっていくというしくみが機能しました。典型的な業界が自動車産業です。点数が多い部品は系列企業が製造するなど、内向きで、かつ、長い関係が構築されています。その結果、職種別労働組合を持っている国ではできないようなクオリティの車を製造できました。

しかし、日本のビジネスモデルの強みは、残念ながら2000年代に入ってことごとく消えつつあります。自動車業界は世界で電気自動車(EV)の開発が進み、日本が世界を席巻した内燃機関も、多くの部品もいらなくなる可能性があります。EVでは世界で最もあたらしい自動運転ソフトを持つベンチャーと組めるかどうかが、ビジネスの差別化や付加価値化の要因になるでしょう。

戦後の日本を支えた輸出型製造業は、これからさらに苦しくなります。一般企業でも、1997年の山一証券や翌年の日本長期信用銀行の破綻以降、安心社会の崩壊が徐々に進んで、今ではさまざまな業種で雇用不安が広がりました。コロナがその状況に拍車をかけています。

——厳しい状況下で、どのような考え方を持つ必要があるのでしょうか。

山岸さんの主張で印象的だったのは、安心社会が崩れていくことで、自然に信頼社会ができる訳ではないことです。信頼社会の構築を、社会や企業が積極的に進めなければ、安心も信頼も何もない社会になってしまいます。

日本の企業が考えなければならないのは、業種や職種で違いはありますが、もう少しヨコ社会を作ることですね。ヨコ社会のイメージは、プロフェッショナルが横で連携しあうことと、安心社会から信頼社会に移行することです。外部とあたらしい信頼関係を作っていくことが重要になってくると思います。

2. 経営者は言葉遊びに騙されてはいけない

経営者は言葉遊びに騙されてはいけない

——ヨコ社会と信頼社会を実現するには、経営者は社員のキャリアをどのように育てる必要がありますか。

キャリアについて語るときに、メンバーシップ型と、ジョブ型という言葉が使われています。いわゆるメンバーシップ型は、全員が一斉にスタートして42.195キロの競走をするマラソンのようなキャリアです。マラソンは1回しか勝負がなくて、第2集団に落ちたら二度と第1集団には上がれません。日本のいわゆるタテ社会の出世競争ですね。日本人がマラソン好きなのは、サラリーマンが自分の人生を重ねて見るからではないでしょうか(笑)。

一方のジョブ型はよい言葉のように聞こえますが、単に中高年の賃金を抑えるために使われています。言葉の本質がわからないまま適当に使うことが日本では多いです。経営者はメンバーシップ型とかジョブ型とかの言葉遊びに騙されていると、物事の本質を見失ってしまいます。

——ジョブ型の雇用が海外で広がっている訳ではないのでしょうか。

アメリカでは以前、大学卒のホワイトカラーは終身雇用といっていいくらい長期雇用でした。ジョブ型と言われるのは工場で勤務し、転勤ができないブルーカラーの人たちですね。IT業界のIBMやヒューレットパッカードは、以前はレイオフしない経営をしていました。

ところが、1990年前後にビジネスモデルが崩壊します。ソリューションやソフト、インターネットが出てきて、大型コンピューターは売れなくなり、サーバーでは儲からなくなりました。その結果、IBMもヒューレッットパッカードも、ホワイトカラーとブルーカラー共にレイオフしました。この経験からシリコンバレーで生まれたのが、キャリア自律を支援する考え方です。会社が一生涯面倒をみるのは無理なので、自分で生き抜く力をつけてもらうために、会社が社員に投資をするようになりました。

——日本もその方向に進むべきだということでしょうか。

日本のメンバーシップ型はもう続けられないし、ジョブ型を取り入れてアメリカと同じ道をたどっても仕方がありません。だから、キャリア自律をベースに考える必要があります。

私たちがキャリア自律の必要性を言い始めたときには、誤解したのか、あえてそういう解釈をしたのかわかりませんが、キャリア自律とは会社が何もしないことで、育成の放棄だと言う人が一部にいました。それは間違いです。雇用保障ができないのであれば、社員の就業能力を高めるために投資をする。その結果、雇用主としての企業の魅力も高まるのです。

3. 自分と同じように部下を育ててはいけない

——現場のリーダーは、キャリアについての考え方をどのように変えていく必要がありますか。

日本は社内での育成もタテ型です。私はタテ型OJTと言っています。現状では、上司や先輩が、部下や後輩を指導して育てることばかりに偏り過ぎたと思います。若い頃、先輩に厳しくされたけど、面倒を見てもらって育ててもらったので、自分も同じように後輩を育てようと思っている人は少なくないでしょう。

この考え方は、日本の一部のビジネスモデルでは機能しました。しかし、今も同じようにやっていたら、変革創造人材が育たないばかりか、セクハラ、パワハラと言われかねません。環境が変わったのだから、やり方も変えなければなりません。現場のリーダーは、自分が育てられたように部下を育ててはいけないのです。タテ社会の連鎖を断ち切らなければいけません。

——タテ社会の連鎖を断ち切るためには、どうすればいいのでしょうか。

ヨコ型の学びが必要です。ヨコ型では同じ仕事をしている人同士が切磋琢磨して、教え合い、助け合い、刺激しあいながら勉強していきます。先輩も関わりますけども、どちらかといえばコーチングで関わります日本はヨコ型の学びの機会や、外での学習の機会があまりありません。欧米に比べて人材育成をしていないのです。

ヨコ型の学びは、プロフェッショナルの育成にもつながります。リーダー自身キャリアも、これからはゼネラリストのマネージャーでは通用しません。自分で学ぶ、もしくは外で学ぶことで、プロフェッショナルのマネージャーを目指さなくてはならないでしょう。

——プロフェッショナルの概念がより重要になるということですね。

プロフェッショナルは、スペシャリストとは違います。スペシャリストは専門性そのものが自己目的化します。かつての専門職制度の間違いは、ひたすら専門性を求めたことです。専門性だけでは成果は出ません。専門性を一つの手段として価値を出し、専門的に難しいことを素人にもわかりやすく説明できるのがプロフェッショナルです。

重要になるのは人だけでなく、組織のあり方でも同じです。BPOや派遣会社のようなアウトソーシングの事業者も、ビジネスモデルのある部分を請け負って、収益を上げていこうとすれば、その仕事のプロである必要があります。オペレーションも、採用も、育成もプロの会社でなければ、ビジネスにならないでしょう。

企業から切り出された業務は、その会社ではコア業務ではないので、その業務で働く人は第一市民ではなく第二市民です。だけど、BPOの事業者で働く人は第一市民で、プロフェッショナルです。アメリカでは40年以上も前から派遣会社で働く人のスキルレベルが、明確にランク分けされていました。日本でも一人ひとりのスキルを認定して、評価して、プロのレベルを可視化することが、BPOの事業者にとって必要だと思います。

4. キャリア目標からの逆算はできない

——これから働く人、新卒で社会に出る人たちは、自分のキャリアをどのように考えていくべきでしょうか。

キャリアはデザインできません。なぜなら、自分も想定していなかった人との出会いなど、偶然の環境変化がよい方向に起きることで、チャンスが大きく広がるからです。最も危険な考え方は、キャリアからの逆算です。5年後、10年後がどうなっているのかもわからないのに、目標なんて意味がないですよね。前時代の発想です。パイロットなら給料が高くてつぶしがきくといって目指した学生がいましたが、今は大変でしょう。

将来はAIでこうなるとわかったつもりになって、キャリア目標のシナリオを逆算して一つに決めても、将来はわかりません。どんなことでも起こり得ます。この間違いは企業でも起きますし、日本の政権の新型コロナに対する対策も同じです。第三波は正月にはおさまるだろうと思っていたが、そうはならなかった。シナリオを一つに絞って、他にやるべきことをやらないと、リスクは高まります。

——新卒の人がキャリアを切り開いていくには、具体的にはどのような行動が必要でしょうか。

大事なのは確率論的思考です。少なくともシナリオは最低3つ考える。あわせて重要なのは、布石を打っておくことですね。布石といってもいろいろあります。一つは、今の仕事を主体的に、自分なりの持論や仮説、価値観を持って進めること。それを10年間続けると、振り返ったときに自分らしいキャリアになっている確率が高まります。

次に、ネットワーキング行動です。人間関係に対する布石ですね。キャリアは自分だけではできません。やりたいことをいろいろな人に話していたら、あるときにそれを覚えていた人とのつながりで、チャンスがくることがあります。

——そういうことは実際に多いのでしょうか。

キャリアのチャンスは、それほど親しくない人からもたらされることが多いと社会学では言われています。同じような話はキャリアインタビューでもよく聞きますね。逆に、キャリアのチャンスを潰すのは親です。子どもの幸せを考えて口を出すのですが、無責任に声をかけてくれる人の方が、キャリアが広がるきっかけにつながります。だから、開かれた人間関係の中で布石を打つことは大事ですね。

もう一つはスキル開発行動です。スキルは計画的に身に付ける必要があります。このスキルで何になれるのかはわからないけれど、できるようになっていた方がいいかなと思えば取り組んでおく。仕事の習慣、人間関係の習慣、スキル開発の習慣を持つことで、漠然としながらも、なんとなく自分が行きたい道みたいなものが見えてきます。

新卒の人に言いたいのは、「富士山みたいな山はない」ということです。富士山は麓から頂上が見えますが、普通の山は複雑に入り組んでいて、登山口から頂上は見えません。あそこが頂上だと思って登ったら、向こうにもっと高い頂上があって、一度下ってまた登っていく。そういうことの繰り返しです。頂上からキャリアは逆算できないのです。

5. キャリア形成に意味のないフェーズはない

キャリア形成に意味のないフェーズはない

——今置かれた状況からキャリアを切り拓くためには、将来をどのようにとらえればいいのでしょうか。

人生やキャリアにはいろいろなフェーズがあります。社会人1年目で、言われたことをひらすら頑張る。3年くらい同じ仕事を深掘りして、達人になっていく。結婚して子どもが生まれて家庭に回帰する。さらには、環境が変わって全然違う仕事をすることや、親の介護や自分の病気で苦労することもあるでしょう。

これは全部フェーズです。人生やキャリアはフェーズの組み合わせです。ワークとライフがちょうどいいバランスが続くのではなくて、いろいろなフェーズが組み合わさって、人生全体でバランスが取れていればいいのです。

人生やキャリア全体を振り返ってみれば、意味がないフェーズは絶対にないはずです。育児をした経験も、その後の仕事に生きてきます。過去の時期がどのようなフェーズだったのかを意味づけして、次の3年間をどのようなフェーズにしたいのかを主体的に考えてみることが大事ではないでしょうか。

——キャリア形成を考えれば、ワークライフバランスだけにとらわれない方がいいということですか。

ワークライフバランスという言葉は世界ではほとんど使われていません。日本だけです。ワークとライフを別々に考えるからバランスと言うのでしょうけど、ワークかライフかは分けられないですよね。在宅勤務になるとなおさらです。工業化社会の名残なので、バランスという言葉はもう使うのをやめた方がいいのではないでしょうか。

社会人になったばかりなのにライフを重視して、「そんなに仕事をしたくありません」と仕事を粗末にしながら10年、15年と過ごすと、結果的に食べていくためだけに一生働き続けていくことになるかもしれません。

もちろん、会社に魂を売る必要はありません。一生ハードに働き続けては体を壊してしまいます。いくつかの時期に、自分なりに仕事に打ち込む。それがうまく展開できれば、年を取るにしたがって、やりたいことができるようになる確率が、ずっと高まると思っています。

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